毎日がプロローグ

✳︎はみだした日常✳︎ 日常と非日常の狭間で、感性が研ぎ澄まされてゆく物語。

『あなたは〇〇代表』

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もうすぐアジアプロ野球チャンピオンシップが始まり、日本代表として侍ジャパンが試合をしますね。1戦目は韓国、2戦目は台湾と戦うみたいですよ。


侍ジャパンは色んなチームから召集を受けた選手たちが集まり日本代表として戦いますよね。彼らは日本という国の代表として誇りを持って戦っていますし、見ている僕らもそれを分かった上で応援していますよね。

 


ただ僕の中では、応援している人たちも色んな場所で日本代表として見られているんですよね。


__________________

 

タイトルに〇〇代表と書いてますが、これは世の中にある全ての『所属やくくり』のことを指します。

 

例えば
スポーツ選手、野球選手、高校生、男性、女性、東京都、日本人、、、


このように、世の中の全ての人は知らず知らずの内に、色んなくくりの中に所属しています。

 

 


僕で例えると、
人類
アジア人
日本人
福岡出身
大学生
看護学
バレーボール経験者
旅人

21歳
ヒッチハイカー
ホームレス
居候
車の免許所持者
ビール好き
金麦をよく飲む人
孤児院でボランティアしてた人
カメラマンのアルバイター
記事を書く人
旅の引率をする人
バリ島に家を借りてた人
海好き
映画好きな人
写真好きな人
フットワーク軽い人
変な人
フランスで死にかけた人
スペイン巡礼した人
1000キロ歩いた人
海外が好きな人
バックパッカー
イメージが夏
初海外がカンボジア
初海外が19歳
フィリピンに行った人
タイに行った人
台湾に行った人
シンガポールに行った人
マレーシアに行った人
インドに行った人
インドネシアに行った人
バリ島で2ヶ月住んでた人
セルビアに行った人
ハンガリーに行った人
ブルガリアに行った人
ドバイに行った人
コーヒー好き
麝香猫飲んだことある人
サーフィンした事ある人
年越しを海外でしてる人
千羽鶴届けてた人
11月11日ポッキー配ってた人

 

 

 


パッと思いついただけですが、50個ぐらい思い浮かぶんですね。これはいつも頭の片隅に「〇〇代表だ」という意識を持っているからです。

 


でも実は、皆さんもたくさん所属しているんですよ。

 


ちょっと今1分ぐらいでいいので、思い浮かべて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうですか?結構思い浮かびましたか?


ただ、ここでみなさん疑問に思う事があると思います。

 


「いやいや、自分には関係なくね?」
「私が日本代表なの?」
「代表なんて器じゃないし」
「その意識を持ってどうなるの?」

 

 

 

それらに対してこれから

  • なぜ意識することが必要なのか。
  • 〇〇代表を意識すると、どのようなメリットデメリットがあるのか。

 

これらを噛み砕いて説明していきます。

 

 

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僕は、今ではだいぶ代表意識が身体に染みついてきました。それによって行動が変わっているのですが、

 

『なぜ代表意識が必要なのでしょうか?』

 

 

例えば、海外にいる日本人というくくりで例えると

 

 

旅行好きな人なら誰しもが憧れるウユニ塩湖。ですがそのウユニ塩湖で、日本人の一部の人の行為によって日本人の評判が悪いという実際のお話があります。
(http://ishulife.com/post-529/)

 

ですが、同じく地球の反対にあるブラジルにおいては、サッカーの試合後に日本人サポーターが掃除をした事によって『日本人は規律の見本、教養がある』などという日本人のイメージに繋がったのです。
(https://www.neymar-fan.com/5923.html)

 

 

 

 

『なぜ代表意識が必要なのか?』

自分が周りからどのように見られているか、意識できる

自分に責任感が生まれる

日々の行動が変わってくる

外部からの所属やくくりへの評価や結果が変わる

自分以外の所属の評価も変わる

自分の行動は他人にも関わってくることを自覚する

 

という風になってくるわけです。

 

 


(これを意識しないで行動するのか、意識して行動するのかによって変わってきますよね?)

 





 

ですが2年前まで普通に生活してて、代表意識なんてのも無かったですし、そんな器じゃないとさえも思っていました。

 

そんな僕でしたが、海外を旅したことによって自分の属しているくくりを意識をする事ができました。

 





 

よく、海外を旅した人からは

「自分が日本人だと再確認した」という言葉を聞きます。

 

いわゆる『あなたは日本人だよ!』と教わる出来事があるのです。

 

 

 


ちょっとよく分からないと思いますので、
270日間世界を旅していた僕の実体験を説明すると、

 

カンボジアを旅した時も、
インドネシアを旅した時も、
インドを旅した時も、
フランス、スペイン、ハンガリーブルガリアセルビアなどヨーロッパを旅した時も、


僕を僕本人としてみているより『日本人としてみられる』事がほとんどでした。

 

 

 

ヨーロッパでは、仲良くなった韓国人のおじいちゃんに「君は日本人として、韓国からみた日本の歴史も知っておく必要がある」とおじいちゃんが小さい頃に日本兵が韓国にいた時の話をしてくれました。

 

 

 

他にもインドネシアのバリ島では、

『Japanese?』と聞かれて

「Yes!I'm J apanese」と答えると
『Japanese..wao! Rich man(お金持ち) 』と言われた事もあります。

ですが当時の僕は、家賃含めて1ヶ月2万円〜3万円という生活をしていましたし、当時だいたい1食100円前後の食事をしていたので、僕の友達のインドネシア人には 

インドネシア人と同じ食事だね〜!日本人なのにお金ないね〜。』とよく言われてました笑

むしろ僕の方が『インドネシア人みんなお金持ってるね〜!』と思うくらいの貧困状態だったので笑






 

そして、この時に気づきました。海外で生活している人たちから見た僕は、紛れもなく【日本人】だったのです。

 

当たり前ですが、何をするにも"日本人というフィルター"を通して見られていました。

 


もし、僕が旅してる間にポイ捨てをすれば「日本人はポイ捨てをするんだ」

逆にもし、僕が人助けをすれば「日本人は人助けをする優しい人なんだ」という風にも見られる訳です。

 





 

実は皆さんは気づかない間に、意識もしない間に

人類、アジア人、日本人、男、ビール好き旅人、大学生、看護学生、、などいくつものくくりに所属していたのです。

 

 


以前飲食店のバイトをしていた時は、
お客さんからは「〜店のバイトの子は」と見られました。

 

 


仮にそこで良いサービスを提供すると

お客さんの満足度が上がる

お店の評価が上がる

サービスの良さでお店が評判になる

お客さんが増える

従業員の給料も上がる

みんなやる気アップ

さらに良いサービスを提供できる。

 


逆も同じで

 

 

バイト中に悪いサービスを提供してしまうと

スタッフの評価が下がる

お店の満足度が下がる

お客さんが減る

売り上げ落ちる

スタッフの給料も上がらない、もしくは下がる

スタッフのやる気も無くなる

サービスの質も落ちる

お客さんはもっと減る

となってしまいます。

 

 

 

自分が何かをしたことによって、知らず知らずの内に誰かに影響を与えています。そして周りの人も評価が落ちる可能性もあります。

 

相手の見方によっても変わりますが、自分がマイナスな行動をすればするほど、自分の手に届かない範囲でいろんな影響が出てくる可能性もあるんですね。

 

 

 

それの例として、年齢や老若男女問わず大人気の全国にチェーン『マクドナルド』

 

とあるマクドナルドにおいて、〇〇大学の生徒のマナーが思わしくないとしてその大学の学生の入店禁止を決定した事例がありました。(https://www.google.co.jp/amp/s/rocketnews24.com/2012/01/18/173375/amp/)

 

その原因は〇〇大学生がレポート作成や試験勉強のため店内に長時間滞在し、他のお客様の迷惑になっていた事。そして〇〇学生が飲食物の持ち込みをし、店内で飲食をするという迷惑行為を行なっていた事の2点だったそうです。

 


〇〇大学のある"一部の生徒"がこういう行為を行ったことによって、〇〇大学の"全生徒"が入店禁止になったのです。

 

 

大多数の学生よりも、少数の迷惑行為を行なった学生がいたという事実から、その大学の学生はみんな利用出来なくなりました。

 

 

 

この事実に対してどうですか?

 

 

 

「自分の行動によって、隣の人が蔑まれる」って嫌じゃないですか?


逆に「自分の行動によって、隣の人も自分も褒められる」って嬉しくないですか?

 

 これら代表意識を持つことで、どちらか自分で決めれるとしたら持っていた方が良くないですか?

 

 

 

環境には×× 自由には〇〇

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僕は現在、1年半の休学を終え愛媛の大学に復学しました。この文章は、21歳の僕が感じる等身大のままに書いてみようと思います。

 

 

1年半前、以前の記事でも書いたように、僕は大学へ休学届を出し《1年半》という時間を取る選択をしました。そして今、当時の気持ちを振り返って気づく事があったので、書き綴ります。

 


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1年半前、世界一周を試みるために休学届を出しました。

 

言い方を変えれば、愛媛の家や学校を手放す選択をしました。そしてその時、お金も家もない僕の手元に残ったのは『1年半という膨大な時間だけ』でした。

その時に人生で初めて味わった、計り知れない"虚無感"と"恐怖心"

 

 

 

 


「僕は1年半もの間、自分の人生の地図を自らの手で描かなくてはいけないんだ」

 

どのキャンパスを使っても良い。
どのノートを使っても良い。
どのペンを使っても良い。
どの色で描いても良い。

でも、果たしてこの配色でいいのか?
そもそもこの絵を描こうとしていることは、正解なのか?間違いなのか?
1年半かけて描き終わると、全然的外れで価値のないものだった時が怖い。

 


生まれてから今までの間、親が敷いてきてくれたレールを何の疑いもなく歩いてきた僕としては、初めて目の前でレールがない状況に陥ってから、どう進んでいいのか分からなくなりました。

 

 

これまで体験したことのない事実、そして新しいことにチャレンジして進んでゆく中で、間違った結果に終わる事への恐怖。

これが僕に虚無感と不安をもたらしました。






僕は、20年間常に役割がある中で生きてきました。

 

 


例えば学校。
学校という枠組の中では、僕には「生徒」という役割がありました。

 

その時の僕は、決められた授業の中から必要なものだけを選び、毎日それを全うする。時にはサークルを、時には学校行事の運営を行う事で

"日常生活の充実感"と"自分が学校の為や将来の為に動けている安心感"を得る事が出来ていました。

 

 

それが学校における「生徒」という僕の役割でした。違う言い方をすれば、それらを全うする(だけ)でよかったのです。

 

 

 

 


ですが休学して"決まり決まった生活の枠"から出てみて、生活が一転。

もうそこには「役割を全うすればいいだけの僕」では生きていけない現状がありました。なぜなら、環境が変わりやるべきことが無くなったからです。

 


世界一周のために休学した僕でしたが
「どうすれば長期間旅に行けるのか」「どうすれば必要なお金を数ヶ月で貯めれるのか」

全く分かりませんでした。

 

 

とりあえず動かないと始まらないと思い、まずは旅の資金稼ぎに挑戦します。家を解約し、バイクで勢いのまま兵庫県明石港で漁の仕事を探し始めました。


まだ肌寒い5月の始め、1週間野宿しながら唯一知り合いだった漁師の社長さんだけが頼みの綱でした。

ですが、待てども待てども、その方とは会えず、1週間時が過ぎ、残金もほとんど無くなってしまいました。

 





その状況に陥った時に、初めて気づきました。

 

 


【何かの環境に属すると言うことは、その中で必ず自分のすべきことがあり、それを日々こなす事こそが役割でした】


レールが引かれた人生を歩んできた

休学をして今までの環境を抜けた

膨大な時間だけが手元に残った

どうすればいいか分からない

出稼ぎに行った

働き先すら見つからない

とりあえずオドオドしたwww

 


というように、ある枠組みから外れた時に、自分がどれほど環境の中にある【役割】に依存して生きてきたかを実感しました。

 





ただ、役割がないという不安は、言い換えれば【自由】を意味していました。

 

 


休学をして環境を抜けた僕に待っていた【自由】この自由とはどんなもので、それには何が伴っていたのでしょうか。

※ここでの自由は、社会的な組織に属していないことを意味します。

 

 

 


一見、縛りがないから気楽にできる、
好きなように自分のペースでできる、
という風に思われますが、


大学に通っていれば「〜大学の僕という役割」バイトをしていれば「〜店で働くイチ店員という役割」がありました。

 


しかし、休学した当時の僕はどうか?

大学にも通ってなければ、バイトもしていませんでした。僕はただの『20歳の青年』で僕の役割は何もありませんでした。

 

 

自由には何でも自分で選ぶ事ができる、何をしてもよい、というメリットがあり、多くの人がこの自由を望みますが、その自由という花園には"責任という覚悟"が必要でした。

 

 

自由には何をするにも責任というものが100%自分にかかってきます。なぜなら時には役割を与えてくれるもの、時には僕を守ってくれてた環境から完全に外れたからです。

 


世界の旅中でも、この責任について考えさせられる出来事がありました。

 

 

 

 

半年世界を周り、旅も終盤にさしかかっていた当時、僕は残り数万円というお金を握りしめて、最後に『1ヶ月でフランス〜スペインを1000キロ歩こう』と決意した時のことです。

 

 


意気込んで歩き始めて、3日目。
朝野宿して起きた僕は、驚きの事実に気づきました。

 


旅の最後の砦としてバックの奥底に隠しておいたお金、【3万円】が消えていました。

 


※残金2万円足らず
※残りの距離950キロ以上

歩くどころか日本へ帰るフライト代も、これから生き延びるお金すらも無くなってしまったのです。あまりのショックで朝から3時間うずくまり、唖然としていました。


その時に初めて、大人から言われていた『自分の行動には自分で責任を負わなければなりません』という言葉が腑に落ちました。


(というのも、今その状況では無くした3万円は返ってこない、無くなったお金を補填してくれる人もいない。それは僕が何にも属しておらず、自分自身でどうにかするしかないからです。)

 

 

 


何にも属してない僕は、自分で全ての責任を負わなけらばならないからです。

 




これらの経験があったお陰で、自由と環境に属する事の両方のメリット・デメリットを理解し、自分で選択できるようになりました。

 

そして、その後の世界の旅では
「いまの僕はどこかの団体で学んだり、ボランティアしながら世界を旅したいのか?」
それとも「自分の行動に責任をもち自分で考え、旅をしてゆくか?」

 

このような問いが生まれ、自分の学びたい事ややりたい事に対して選択をできるようになりました。

 





以前の漠然とした不安や恐怖感のお陰で
【環境には役割】【自由には責任】が伴うという2つの選択肢を手に入れる事が出来ました。


自分を律するのが苦手な人や、探検が苦手な人もいると思います。自分がどっちかを知った上でしっかり考えて決めれるようになった方がいいですよね。

FAMILY

私にとって旅とは=家族が増えること。

I Love my CAMINO family.

 

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Memories with family.

I'm pleased that I met them.

Everyone is beautiful.Thank you amigo.

Life is beautiful.

 

 

未来の僕への手紙

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今日は朝6時から講演しながら15キロほど歩いたね。誰かに何かを伝えようと母校で講演というシチュエーションまで想像してたよ。笑

(今考えたら笑っちゃう)

 

今はそんな時間を思い返しながら、フランスの大自然を一望できる木陰の下でゆっくり休憩中。

そこで未来の僕への手紙を書いてます。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

では、未来の僕へ

 

《どんな仕事をしてるでしょうか?》
《家族を大切にできてますか?》
《大事な人に感謝を伝えられていますか?》

この旅を通して、たくさんの事を学んでますね。

 


1年半前

僕は『何かしなきゃ落ち着かない病』だったから、何もしてない時間が怖く感じたから、何かしよう色んな事に手を出して、結局散々してて空回り。

 

今はこんな美しいフランスの大自然を一望して、お昼寝ができるぐらい精神的にゆとりがもててるんだなー。

 

『何かしなきゃいけない』から、
『大切なことさえできてれば、何もしない時間あってもいいじゃん』に変わったね。

 

自分の中ではだいぶな変化だよ。

(でも、もっともっと大切な人のために必死になりたいね)

 

そして、歩くことは正直全然楽じゃないね。

毎日野宿しながら1日30キロ以上歩いてヘトヘトなんだ。

 

以前は「きつい、つらい、痛い」とかの感情が【負の感情】だと思っていたから、すごーく辛かった。

楽しいことだけに集中しようとしてたね。

 

でも、今は【この感情も大切なんじゃん】と思えてるから【全てが必要じゃん】って思えるようになったよ。

 

これも色んな国の色んな人に会って「働き方や生き方って沢山あるんだなー。」と体感したからに結局は繋がるのかな?

 

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《将来僕はどんな仕事してるだろう?》

 

大変なこともありながら「それめっちゃいいじゃん!やってみようよ!わはは!」と笑いながら働いているだろうね。

 

職業って言われると正直分かんないけどね。仕事してる姿考えただけでも面白そうじゃんね。

 

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《僕にとっての家族》

 

旅してると家族と呼べる人たちがどんどん増えていくから凄く嬉しいよね。

 

でも、日本にいる本当の家族はどうだろう?

今現在も今までも家族に心配かけまくったから、少しは恩返ししていてほしいな。

 

じいちゃんが亡くなってから「ありがとう」という言葉の重みを感じたのに、成人式の時、休学の件でもめまくって1番言いたかった「ありがとう」を言えなかったから、将来ゆっくりこの言葉を伝えていこうね。

 

やっぱり旅してて最初の浮かぶのは僕を育ててくれた『家族』だからね。

出発前の勢いのままに

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これからフランスのトゥールーズからスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで【約1000キロ】の道のりを歩く。

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✴︎今回は出発前のごちゃごちゃな感情を勢いのままに書き綴ります✴︎
( 論理的に書かないとこんな文章になるみたいですね)
やるぜっ!ていう気持ちだけを察してください。

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『生きてることそのものに意味がある。』
それに気づいた時、素敵な魅力を発することができると思っている。


だけど、今回あえて僕はガンガン命を爆発させたい。
「辛くて、楽しくて、幸せで、感動して、悲しくて、怖くて、痛くて、寂しくて。」
こんな感情を感じれる状況は、さらに自分を飛躍させる。感情が湧き出てくるときは、とてつもないパワーを感じる。だけど、相当なエネルギーを消費するのも事実。


この約2ヶ月には、相当なエネルギーが必要だ。


自分というの枠を超え、挑戦し、失敗し、それでも僕は挫折を恐れない。それは、全ての出来事を未来に繋げる力があると信じてるから。
(http://sea1721good214.hatenadiary.jp/entry/2017/05/03/085847)



無駄なことなんて全くない。
出来事に意味を見出すのは自分だもん。


一歩ずつ一歩ずつ、歩みを進めるんだ。
こういう挑戦には、居ても立っても居られない気持ちになる。それと同時に相当な孤独とも向き合う事になるだろう。


でも、孤独をごまかさない。
孤独という感情に触れてみて、受け入れる。
自分の弱さをまた1つ知る事になるだろう。
でも「俺はよわいんだー!」って言える人ほど強いと思ってる。


自分の姿をありのまま見てみよう。
うまくやろうとしなくていい。
全て僕なんだ。
うまくやろうとする方がしょぼくなる。


お金がない、食べ物がない、足が痛い、腰が痛い全部工夫できるはずさ。
『生きるんだ。
生きて生きて、必死にもがいてみよう。』
たぶん、この旅で強烈な生命感を知る事になるだろう。そして、言葉には表せない自分に出会うんだろう。

 

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《これからの旅の予定》
フランス▶︎スペインを約1ヶ月半かけて約1000キロきます。
7月上旬〜 アメリカをヒッチハイクで横断する予定でしたが、変更の可能性ありです。

(今はこの挑戦に集中します) 

 

帰国してからは、

福岡・大阪・(愛知)・東京で報告会を行う予定です。

 

ですが今、旅を続けるには資金が尽きるのも間近です。ぎりぎりスペインまでもたなそうです。(こんな事を言うと資金貯めてから行けよと言われそうですが。)

『今、挑戦させて下さい!!』

 

現在の資金は、一時帰国した際に15万だけ稼ぎ、そのお金を握りしめて旅をしています。

 

旅する目的がはっきりした今、とことん旅を通して見たいもの、出会いたい人たちがいます。

 

 

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《応援サポーター募集》
これからの僕の旅を応援してくださる方を募集しております。

リターンは、僕の旅中の大好きな写真に、心を込めたメッセージを込めて送らせて頂きます。

 

僕がギリギリの挑戦を達成できて、次の土地へ行くまでの資金が必要です。(目標7万円です)

内訳:1000キロ挑戦中の食費、

次の土地の航空券代約5万。

※宿は基本野宿なので残りの残金でもどうにかなります。

 

もしいらっしゃいましたら、僕のフェイスブックもしくはtikyoudeasobu@gmail.com
に一報お願い致します。

 

どうぞよろしくお願いします。

新たな旅の始まり

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『今が楽しければそれでいい。』


この言葉は今の僕にはしっくりこない。

(こう言うことで誰かを傷つけたい訳では御座いません)

 

そういう時期なのだろう。

こういう時の僕は、大抵新たな一歩を求めているんだ。僕の人生は一生挑戦し続けていく事は間違いない。挑戦を辞めることを僕自身が許せないんだ。

 


そして、人との新たな出会いで知らない自分に気づき続ける。

 


でも、自分を知った気にだけはなりたくない。極論だけどね、その時点でもう新しい観点はうまれてこないと思ってるんだ。

 


今までの自分や出会った方々には、ものすごく感謝の気持ちで一杯です。その上で、どんどん自分と出会うんだろう。だって人は、現時点で把握出来ないほど大きな素敵なものだから。

 


誰しもそう。みんなには才能があるんだもの。
字を書くのが上手いとか、
人の気持ちがわかるとか、
声が大きいとか、
気づきやすい才能から、
気づきにくい才能まで、
僕は全て素晴らしいと思う。

 

 

『自分と人と出会う旅』

この旅でも、沢山の出会いに溢れてるんだ。

 


そして、僕の言葉や行動、人間性の何かがその人の心に残るような人になりたいな。

インドの不思議な体験紀

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僕はこの日バラナシからデリーに移動するためジェネラルの券を購入しました。
(約14時間移動が450円と激安)

 

※インドの電車は、席のランクによって全く値段が異なります。

 

ジェネラルは一番底辺の席でとにかくカオスです。
お金払わず適当に乗り降りしたり、
夜中1時に合唱が始まったり、
皆んな汚れまくった通路で寝たり、
数時間満員で一歩も動けずきつかったり、
12時間トイレ臭がして吐きそうだったり、

凄まじく面白い光景に出会えます。
(その代わりめちゃめちゃ疲れます)

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※ガイドブックなどには、窃盗や強姦もあるとお勧めされてないので、僕も決してお勧めはしません。

 

今回はどんな移動になるのか
期待を膨らませながら夜7時にバラナシの駅から電車に乗り込みました。

 

車両内は満員を越えて人が列車からはみ出ていました。1時間は耐えましたが「もうやばいね」と近くのインド人と話していました。

 

そのインド人が隣のスリーパー席(指定席でジェネラルの倍の値段です)に移動するとの事だったので、僕もついていきました。

 

僕も彼も疲れ果てて、スリーパーの床に荷物を置き、座り込みます。

 

夜中1時
車掌さんがやって来て、「お金もっと払わないなら降りな」と強制退場です。
(当たり前ですね)

 

夜中2時
よく分からない駅に降り立ち、次の電車を待ちましたが、その間にベンチで眠りに落ちました。

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朝5時半
朝日で目がさめると仲良くなったインド人はいなくなっており、僕は次の電車に乗ろうと待ちました。

 

「デリー行くのか?」
「Me go Delhi」とよく分からない英語が聞こえてきました。なんか陽気な感じで意気投合して、彼と一緒にデリー行きの電車に乗り込みました。

 

すると電車を間違えて逆方向へ。

 

次の駅に降り立った僕らは、戻る電車を探しましたが、次の便は夕方5時。

 

彼の口から「ホームに向かおう」と聞こえました。そして僕らはバス停に向かいます。

 

バスに乗り移動したら、次はリキシャに乗り込み30分ほど移動を続けます。
だいぶ田舎にきました。

 

「後30分ほど歩いたらホームだよ」と彼は言いました。
結果44℃炎天下の中で
何もない田んぼの中を1時間歩きました。

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そしてついた先は「ホーム!??」
全く駅は見当たりません。
見えるのは田舎の小さい集落だけです。

 

彼は言いました「ここが妹の住むHOMEだよ」と。

驚愕!!!!!
まさかのホーム違いww

 

こんな感じで、インドの小さな田舎の集落に来た僕は大歓迎を受けました。

 

最初、子供たちは「何人?」というような不思議な表情を浮かべ、大人の人も興味津々で僕を見つめていました。
(この村に外人がきた事がなかったのでしょう)

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1時間、2時間と経つにつれて、
どんどん仲良くなっていき、
ご飯をご馳走してもらったり、
子供からお花をもらったり、
みんなでゴロゴロしたり、

完全にHOMESTAY状態です。

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インドの田舎の暮らしはゆったりしており
主に農業で生活しているみたいです。
(少しヤギなども飼っていました)
▶︎その日ご馳走になった、ご飯もチャパティと茄子のおかずでした。
水は井戸から汲み上げており、その水で身体を洗う子供の姿もありました。

 

『まさに時給自足に近い状態』
かかるお金は、農業経費と家賃と多少の電気代で月1万円かからないみたいです。

今回の滞在は昼間だけだったので、
仕事している様子は伺えなかったですが、
子供達と遊んだり、みんなで一緒に座って話したり、村を歩いて回ったり、インドの田舎暮らしを垣間見る機会になりました。

 


やっぱりこのまで田舎になると、
他との比較対象がない分、
みんな幸せそうに見えました。

日が沈む前
村人皆んなの「バイバイ」と手を振る姿に見送られ、少し寂しい気持ちになりながら村を去りました。

実に特別な体験の一日でした。